(天候)6月8日:曇;9日:晴
湿原を巡る沢旅計画事始め
何かの折に星野さんに檜枝岐の実川流域の湿原の話をしたところ、行ってみたいですと興味を惹かれた様子だったので、それでは行ってみようかと今回の計画が動き始めた。ぼくが計画をしてもよかったのだけれど、行きたい人が計画を立ててリーダーをやった方がよかろうと星野さんに計画作成をお願いすることにした。当初は矢櫃沢を遡下降する日帰りの計画だったのだが、集中山行が日帰りになったこともあり、折角なら泊まりにしようかと相談して沢中1泊の計画に変更。坂部さんにも声をかけて3人パーティで計画実施の運びとなった。
日程は星野さんのお休みに合わせて、6月8日(日)から9日(月)の1泊2日。日帰りの場合は大丈田代を訪問して往路を戻る計画だったが、1泊するなら実川右岸の田代を巡ってはどうかと提案して、大丈田代を訪問したのち、山犬田代と七兵衛田代を訪問。その後、大垂沢を下降して林道を戻るルートが設定された。ぼく自身は矢櫃沢を遡行して大丈田代、実川上流部の赤倉沢・硫黄沢二俣下流の屈曲部で出合う枝沢を遡行して七兵衛田代、山犬田代を訪れたことがある。その頃は矢櫃沢橋の少し先まで車を乗り入れることができたのだが、現在は林道の崩落があって実川右岸の林道には車で進入できないため、七入の駐車場から歩いてアプローチする必要がある。往復で約2時間余計に歩かなくてはならないのは面倒だが他に手段はない。
ところで今回下降予定の「大垂沢」だが、『日本登山大系2 南会津・越後の山』(白水社)や『帝釈山脈の沢』(白山書房)では「ゴキタ沢」と記載されている。ただ、その名称はとある団体の関係者のあだ名から命名されているということだ。昨年会津駒ヶ岳に登った際に、道の駅で檜枝岐村が発行する『檜枝岐村の地名』という地図を購入したのだが、それによるといわゆる「ゴキタ沢」と同じ沢に「大垂沢」の名称が記載されていた。本来は地元ではそのように呼ばれているのだろう。であるならば、余所者の付けた名称ではなく地元の呼称を使いたいので、本記録では実川Co1380付近で右岸から流入する沢の名称を「大垂沢」で統一する。

6月8日:七入駐車場から林道を歩き、矢櫃沢橋から遡行を開始
6月8日は早朝都内を出発し順調に東北道を北上、七入の駐車場には9時30分頃に到着した。早速支度をして9時55分駐車場を出発する。

実川右岸の林道をてくてくと歩くが林道にはミツバがたくさん生えている。山菜というより林道の雑草扱いのミツバを少しいただくことにして採集。明日の朝食の味噌汁の具にしよう。その先にポツポツとワラビも生えていたのでこれも少しいただく。ミズもわりと生えているのだが、これはテン場近くでも採れるだろうとスルー。だが、これが大誤算だったのが分かるのはテン場を決めてからの話。
さて、1時間弱林道を歩くと見慣れた橋が現れる。コロナ禍以降は来ていないが、3年ほどの間に割と頻繁に車を乗り入れた懐かしい場所である。
橋のすぐ上から滝場が始まるが、まずはその釜で釣りをしてみようと糸を垂らす。しかし、まったくアタリがない。う~ん、車は入らなくなってしまったが、釣り師は結構入るのかな~。釜のイワナは釣られてしまっているようだ。

釣りにあまり時間を取っても先に進めないので、一旦納竿し遡行に専念する。下流部の連瀑帯はどれもさほど難しいところはない。下部ゴルジュが終わるといったん平凡な流れになる。

平凡な河原歩きを少し続けるとまた滝場が始まった。流れが絞られて狭隘部に岩の詰まった小滝が懸かる。その先で流れが左にカーブしてゴルジュが続き、どん詰まりに8m滝が懸かるが、流れの左側の溝にロープが垂れている。滝の本体は多めの水量で水を落としており、そちらからだとずぶ濡れ必至なので、左を一旦ロープを掴んで上がりかけるが、一番上の2~3mは腕力登りになりそうで泊まりの荷物が重い…。ここは空身で行こうとザックを下ろして残置の助けも借りて溝の最上部に詰まったチョックストンをえいやっと乗り越える。
前に来たときはどうやって越えたんだっけ。登りで苦労した記憶がないのだけれど、もしかすると、降雪後で雪が積もっていたので面倒になって巻いてしまったのかもしれない。
後続も荷揚げをした後、それぞれ空身で越える。


その先の滝をひとつ越えたところで大休止してカロリー補給。時間もあるので、釣り糸を垂れてみるが、微妙に小さい放流サイズしか釣れない。魚影はそこそこあるのだが、大きいのは釣られてしまったのかしら?
休憩後はしばらく穏やかな流れが続く。4~5mくらいの滝も散発的に懸かるが、簡単に巻くなり、直登するなりして越えて行く。合間合間に釣り糸を垂らすが、掛かるのはやはりキープするにはやや小さいサイズばかりである。



この辺りは滝が適度に懸かりなかなか楽しい区間だ。一箇所だけ、左岸の台地から巻いた滝で沢に戻る際短い懸垂下降をした。その先の2m小滝は小さな釜を持っていたが、ここで糸を垂らすとようやく塩焼きサイズのイワナを釣り上げることができた。

滝場がだいたい終わり、傾斜が緩んできたのでテン場を探しながら歩く。両岸は笹が繁っていて、少し高いところに平場が点在している。Co1600を越した辺りで左岸に少し造成すればタープを張れそうな物件を発見。傍らに雪が少し残っているが特別寒いわけでもないので、ここに決める。焚火は対岸の河原。少し湿っぽいがあまり贅沢も言えず。
ただ、前述のごとく両岸は笹薮が続いている。ミズなんてないじゃん…。アテがはずれてちょっとがっかり。

イワナがやっと1尾、山菜はウドの穂先が少々とミツバのみと壊滅的な収穫量である。実川流域は何度か泊まりで訪れているが、山菜がたくさん採れた記憶がない。伊南川の北側エリアとは大違いだが、何が違うのだろうか。
ということで、山菜の天ぷらを楽しみにしていたのだが、保険で持ってきた鶏ムネ肉主体にタンパク質を摂取するメニューで我慢だ。
で、食事はちょっと当てが外れたけ訳だけど、ビールを空けて飲み始めればそれなりに楽しい食事にはなった…よね?

6月9日(その1):テン場から矢櫃沢源流部を通り大丈田代まで
翌日は4時過ぎに目が覚めてしまったので、焚火を復活させてぼちぼちと朝餉の支度にとりかかる。ワラビのあく抜きは、ちょっと苦みが残っているがまあ許容範囲かな。味噌汁の具と少量をお浸しにするために一口大に切っておく。
朝食のメニューは、残ったご飯とワラビとミツバにみょうがを少し入れた味噌汁、ベーコン炒め、わらびのお浸し。やっぱりもう少し山菜が採れるとよかったな….。
朝食を済ませてからそれぞれ道具を片付けつつ、テン場の撤収を始める。
最後に焚火の後始末をして予定通りの7時に出発する。すぐ先の泥壁ミニゴルジュの滝をよじ登って越えると、笹の覆いかぶさる流れが続いている。笹をかき分けるように進むが、ちょっと煩わしい。


15分ほど歩くと、右岸の河原に枝がきれいに積まれている。焚火の薪の残りっぽい。奥はタープを張るのによさそうな広場がある。うん、テン場ならここの方が快適だったな。昨日は少し早まった…と後悔するも、後悔は先に立たないというのが物の道理なので、次回のための情報として頭の引き出しにしまっておくことにする。(次回、あるのか??)
優良テン場からさらに10分ほどで二俣となる。水量比は1対1である。ここは方角的に右だろうとそちらに進むと直に周囲が開け田代に飛び出した。

天候は予報よりもよさそうで青空も見える。
雪が解けて間もないからか、湿原は全体的に茶色っぽい色合いで、ところどころに群生しているコバイケイソウの緑が鮮やかだ。そして、湿原の向うには長須ヶ玉山のたおやかな稜線が続いている。



6月9日(その2):大丈田代から藪を漕いで山犬田代へ、さらに七兵衛田代を目指す
大丈田代の眺望を楽しんだ後は、田代を横切っている水流を辿って樹林の中に足を進める。あまり流れに忠実に歩くと、泥の沼にはまり込んで難儀なので、なるべく乾いていると思われる場所を繋いで進むが、だんだんと笹が密生してきて歩きづらくなった。地形図を見るとわかるが沢型と言っても傾斜の緩い開いた地形なので殆ど平らな笹薮を歩いているのと変わらない。左右を見ながら何となく斜面の間を繋いで藪の薄いところを歩いてはいるが、星野リーダー、だんだんと方向感覚が無くなってきたようで、ナヴィゲーションが難しくなってきた様子である。

後ろを歩く坂部さんから時おり軌道修正の声掛けがあり、あまり逸脱することなく鞍部まで歩くことができた。昔の地形図を見ると大丈田代の南側から尾根伝いに孫兵衛山まで道が付いていたようなのだが、今回は地形的にわかりやすいだろうと谷状の箇所を繋ぐルートを設定したので、比較的ナヴィゲーションは楽だったとは思うが、予想より笹薮の密度が濃かった印象だ。

鞍部を越えてからは沢型らしきところを降っていく。水流が出てきてからは水流を辿って進むと、大丈田代から約2時間でようやく大垂沢のCo1670付近の二俣に到達した。ここからは二つの田代を巡ってここまで戻り、沢を下降して林道へ出れば、あとは車道歩きで七入の駐車場まで戻ればいい。

二俣からは山犬田代に向かう右俣を遡っていくが、前回訪れた際は下降して通ったところなので印象が少し異なる。記憶より傾斜が急だ。変な滝などはないので問題はないが、登りは結構堪えるぞ…。傾斜が緩んでくると、ところどころに雪の残る樹林帯となり、流れは曖昧に地面に消えていく。周囲の様子も、かつては湿原だったのだろうという感じられる風景である。何となく明るく感じる方角へと進むと、ポンという感じで小さな田代に飛び出した。



山犬田代では少し座り込んでのんびりしてみる。次の目的地、七兵衛田代は地図で見るとここよりも40mほど標高が高い。確かに、そちらの方向へ登りの斜面が続いているのが分かる。こんなに標高差があったのかと思うが、どうも昔の記憶では山犬田代から七兵衛田代の間は殆ど平らな地形という印象が残っていたようだ。方向としては七兵衛田代から山犬田代へ歩いているので、降り基調だったせいで標高差をさほど意識しなかったのかもしれない。
山犬田代を横切って反対側の樹林に進み、登り易そうなところを探す。2~3分うろうろすると、何となく踏み跡のようなところを見つけたので、それに沿って斜面を上がっていく。
途中何か所か山岳会名が記入された赤テープを見る。比較的新しいので、ここ数年のものだろう。林道を車が通れなくなってから来る人の密度は減ったのだと思うが、まだ計画して歩く人もいるのだなあと感慨深い。
登り斜面から傾斜が緩んでくると、前方に田代の一角が明るく見えてきた。明かりの方向を目指して樹林を進むと、周囲が開けて田代の一角に出る。目の前に特徴的な立ち木があり、その向こうに孫兵衛山が見えている。立ち木の周辺が乾いていそうなので、そこでひと休み。
そうだ、昨日のイワナをまだ食べていない。焼き枯らし風にして持ち歩いていたので、昼のお供にとも思ったけれど、塩を振って焼き過ぎたという状態なので、塩分補給にもなるだろうとおやつにいただくことにした。3人で一口づつだけれど毟っていただく。水分の残ったふんわりした塩焼きもおいしいけれど、ぼくは水分のほぼなくなったこの状態の方が好きかな。焼くのにものすごく時間がかかるけれども。

休憩後は田代の反対の端までゆっくりと歩いて往復する。前回来たときは、もう少し緑の濃い印象だったし、実際にタテヤマリンドウやヒメシャクナゲなどを見ることができたが、今回は殆どお花を見なかった。もしかすると、今年は雪が多かったので少し時期が遅れているのかもしれない。

6月9日(その3):七兵衛田代から山犬田代へ戻り大垂沢を下降、そして林道を七入駐車場まで
七兵衛田代でしばし過ごしてからは下山モードに。山犬田代まで戻れば後は沢を下降するのみである。前回、山犬田代を訪れた際の記憶では殆ど何もない沢だったので下降に懸念は感じていなかった。
登りで見た赤テープをまた見つけられるかはわからないが、短い距離だし方向を誤らなければ問題ないだろう。幸い、山犬田代と七兵衛田代の間の藪はさほど濃くはない。登りとほぼ同じルートで戻っていると、坂部さんが少し右手に赤テープを見つけて声が懸かった。行きには見なかったテープだと思うが、同じ山岳会の名前が記されている。ともあれそちらに向かってから改めて道っぽいところを歩き始めると、眼下の樹林の合い間に山犬田代が見え隠れしてきた。目標が見えればしめたもので、そちらに向かって降りやすいところを繋いで降りて行くと、ほどなく山犬田代に到着である。
そこからは迷うことなく東にあるポコを回り込むように大垂沢右俣の源頭に向けて再度樹林帯に突入する。雪の残る下草の少ない樹林を歩いて沢型に入り、そのまま下降。二俣までは少し急傾斜の狭い沢をどんどんと降る。二俣からは幅が少し広がって水量も増えてきたが、基本ゴーロの沢である。

二俣から20分ほど下降したところで右岸から本流の3分の1ほどの水量で枝沢が出合うが、昼も過ぎたのでそこで休憩することにする。Co1620付近だが地形図では明確な支流という感じでもないのに水量はそこそこある。
行動食をもぐもぐしながら枝沢の方を何気なく見ると、あ、コシアブラ。
少し大きくなってはいるが、まだ大丈夫そうなところもあったので、採りすぎないように注意しつつ、お土産にいただく。
休憩からさらに20分ほど降ると右岸に大崩壊の斜面が現れる。沢を大きな岩が埋め尽くしており、壮絶な光景だ。すぐに追加の落石があるような感じでもないが、できる限り足早に通り過ぎる。崩壊地を見上げると、斜面のかなり上の方から結構な規模で崩れている。以前に来た時はここまで壮絶な崩壊ではなかったと思うのだが、やはり林道が崩落した頃にここも崩壊が進んだのかもしれない。沢自体も、以前は樹林の中を流れる沢のイメージだったが、今日の荒れた印象はかつての記憶とは異なる。

地形図で等高線が密になるCo1500付近より下流は、大きな滝というより大きな落ち込みが続く瀑流帯のような渓相になる。4~5mほどの滝が数か所懸かるが、その間も傾斜の急なゴーロ状の流れになっている。

右岸、左岸と渡り返しながら下降を続けるが、滑った岩が多く渡り返す時にちょっと神経を使う。急傾斜の下降を30分ほど続けると、眼下にコンクリートの構造物が見えて、むき出しのコルゲートパイプが長々と横たわっているところに出た。
え?もしかして林道なのか?コルゲートパイプの向うを見ると、平らな路盤が確認できる。どうも橋になっていたところが上流側のコンクリート枠とコルゲートパイプだけ残して流出してしまったようだ。反対側を見ると、右手の斜面が崩れて路面が埋没してしまっている。これは酷い有様だ。


まあ”酷い”と言うのも人間側の言い分であって、川からすると本来の姿に戻っただけだとも言えるわけである。崩壊斜面をトラバースして先に進むと平らな路面が復活したが、その先もところどころで同じような状態の場所が見られた。
こうして、使われなくなった道は徐々に自然に還っていくのだろう。前回来た2018年と比べても、大きく姿を変えてしまった林道を歩きながら、かつての林道の姿や辿った際の山行の記憶、そしてこれからのことなどが脳裏を掠めるように去来していた。

まとめ
今回の沢旅は、経路として沢を使うという意味で沢登りのようでもあるが、目的は沢と言うより森の中の田代を訪れることであったので、巷でイメージする沢登りとは少し異なる印象を持たれるのかもしれない。
しかし、沢を使いながら目的地を繋いで歩く山行は、沢登りの技術の活用なくては成立しない山行形態だとも言える。今回の山行では高い登攀力が求められる訳ではないが、沢の遡下降の基本的な経験や、藪を漕いで目的地に到達するナヴィゲーション技術(あと、藪漕ぎで心が折れない精神力w)、また泊まりの計画でもあったので、山中で泊るための装備や生活技術も求められる。
カッコいい滝の登攀やゴルジュの突破に魅力を感じる人もいれば、今回みたいな泥臭い(ほんとうに泥にまみれるよ)山行を好む人もいる。どっちも好きだという人もいるだろう。
いろいろな嗜好の人たちがいろいろな山行を実践しているのが 渓人「流」のいいところであり、「沢登り」とはそういう懐の深い山行形態だと思っているので、改めて、身体の許す限りこんな山行を続けられれば幸せだと感じる2日間になった。
先輩の我儘なリクエストに応えつつ計画を練り上げてくれた星野さん、遡行時間より藪漕ぎと林道歩きの方が長いという山行にお付き合いただいた坂部さん、どうもありがとうございました。いろいろと想定外なこともありましたが、思い出に残るよき沢旅ができました。多謝。






水の色が綺麗ですね(^^)