猫越川 河原小屋沢

天候:晴れ

会も昨年12月に生まれ変わり、ホームページも新たに立ち上げて戴きました。にも拘わらず、機械オンチと臆病が重なって、なかなか投稿できずにいます。ここへきて漸く重い腰を揚げ、HPのあちらこちらをイタズラし始めました。9ヶ月遅れの記事ですが、順次掲載します。山行記録の表記順位に実施日の古い記事が混ざりますが、ご容赦ください。-山崎-

今回は2日間(1月19日~20日-各日帰り1本づつ-計2本)で、天城山脈に魅力的な沢を見つけに行って来ました。初日は河原小屋沢で記録があります。実際はどんな沢か登ってみましたが、人気が有る訳がわかりました。翌日は猫越岳を北流する無名沢で記録はありません。これについては別途報告します。先ずは初日のメジャー沢から。

19日、朝5時に鎌田(L)宅を山﨑車で出発。首都高速-東名-伊豆縦貫道を乗り継いで、現地湯ヶ島に8時半に到着する。入渓点へは湯ヶ島から2通りのルートが考えられる。「九十九に折れた天城の峪を吐いた火炎で焼き焦がし、その雄叫びも恐ろしく、天空に飛翔せんと畝り遡る様は物凄く、『おどろおどろしいまでに荒れ狂う竜‥!』。竜は最短ルートを睨み突けるや、瞬時に赤い野獣に姿を変え、爆音諸共一気に高度を稼ぎ出した。
浄蓮の滝入り口駐車場の土産店を横目で睨み去ると、700mほど先(天城トンネルに寄りCo392.7m地点)右側にその林道の入り口が有るのだ。目を凝らして野獣を操ると、右の樹林帯から藪に塗れた山道が、心細い小さな口を開けて現れた。念のためGPSで位置を確認し右折で林道へ入る。凹凸の悪路を丁寧に下降してゆくと間もなく狩野川に架かる橋に逢う。だがその光景に『唖然‥‥』。何と鎖と施錠が!「ここから入渓点までは、車で行ければそう遠くはない‥‥のだ。」。すんなり入渓できると思っていたのに、矢張り『甘くはなかった』。やむなく湯ヶ島まで引き返し、持越金山跡経由で猫越川が合わさる旧鉱山集落の「水抜」へ向かう。水抜からは猫越川と並走する左岸道へ入り、予定より1時間以上遅れて河原小屋沢が合わさるCo334mの集落を通過する。この集落から河原小屋沢左岸へと伸び続ける林道へ分け入り、入渓点まで車で行く予定なのだ。しかし、ここでも『甘かった』。左折で林道へ入った途端、目の前に架かる猫越川の橋にゲートが施されているではないか。しかたなく橋際の1匹分のスペースに野獣を繋ぎ止め、沢支度をする。ゲートの鉄パイプを乗り越えてイザ出発。河原小屋沢を左下に見ながら緩く小広い砂利道を登ること30分、T字路で右から同様に整備された林道が降りてくる。この時は想像だにしなかったのだが、詰め上げ時間が押してしまい『沢下降で入渓点へ戻るのは時間的に危険』と判断。復路はこの林道を下降して来たのだ。できれば河原小屋沢の北東隣の沢を下降したかった。このT字路を直進し、入渓予定点のCo470mに架かる橋を目指す。やがて林道の勾配が緩みだすと、入渓点の橋が見えて来る。歩いて来た左岸の林道は90°左曲し、この橋で河原小屋沢を渡り、そのまま直進して沢と離れてゆく。(この林道をそれなりに進めば、朝一番で引きかえした狩野川に架かる “鎖で施錠された橋” へ繋がっている。即ち、六角形の5辺を辿るほどの迂回をして来たのである。)流れへはこの橋を渡り、欄干際から積もった落ち葉を踏んで簡単に小ゴーロへ降りられた。この時期の枝沢にしてはまあまあの水量だ。段差を繰り返しながら上流へと伸びる硬い岩盤に跳ね舞い上がる飛沫! 年初遡行に期待を膨らませ、いざ遡行開始である。

【河原小屋沢 下流部】

暫くは平凡で、軌道の通る大型の現役ワサビ田を過ぎると、往時を物語る広いワサビ田跡を幾つも見送る。流れは緩やかに高度を上げて行く。Co550mでは右岸から小沢が合わさっている。其処には小堰堤が有り、崩れそうなガレ混じりの落ち葉を踏んで右から越えた。この間右岸には柱状節理の壁が頻繁に観られ、流れに架かる2m程度の小滝や階段状のナメも硬そうなので、つい欲目から以遠に侵食に耐え続ける大滝を期待してしまう。Co620mで緩く左へ曲がる右岸壁にも大規模な柱状節理が観られた。この付近もゴルジュではなく反対側の左岸では大型の涸沢が合わさり、その出合は広く開けて廃ワサビ田を見る。やがて流れは短いナメをくり返しながら左曲する。屈曲点辺りから左岸丘が小規模になりはじめ、右に最後の小さなワサビ田跡を見る。ここを過ぎると沢幅も狭まり、漸く沢登りらしい景観に変わりだした。Cs3m・小滝を上がるとF1の8m三条の直滝が現れた。登れないので左岸の小尾根に取り付き、高度を上げる。しばらく上がってからトラバースに入り、徐々に高度を下げながら捲き込んでいると、又も前方に大滝を見る。この滝の落ち口へと更にトラバースを試みるが、かなり悪い。ここは無理をせず、少し戻って素直に懸垂で釜の縁へ降りた。

【F1-8m三条の滝】

ところが‥‥なんか変‥‥、どこかで見たような光景?? なんと!其処は捲いたはずのF1の「釜」だった。(L)の表情にはショックの色が隠せない‥‥。「ご愛敬~~」などとテレ笑いで自分を慰めてから、今度は右岸から入る枝沢から捲きをリードしてゆく。下降点まで来るとそこは相当悪い泥斜面!(L)は臆さずうまい具合にクライムダウンして流れに復帰する。 私はビビッて降りられず、ロープを出して10mほど懸垂した。このF1越えでもかなりの時間をロスする。

F1の落ち口は短いスラブナメで、そこは同時にCo680mの井戸状の二俣(3:2)でもある。ナメがそのまま正面の3m斜滝と成り、この斜滝の浅い釜へ、左岸の直壁に5mの滝を懸けた右俣が流れ込んでいる。この右俣の奥に特異な光景が伺えた。この時点ではその全体は見えず推測の域を脱し得ないが、どうも垂直な高い壁が有るようで、高所から這い落ちる微かな流れも確認できた。一方、正面では前述の3m斜滝を前衛に、威風ある9m直滝F2が行く手を阻んでいる。このF2越えは左岸壁から右俣との中間尾根へ乗って高度を上げて行く。今居た流れがかなり下に見える頃、右俣の奧壁が木々の間から見えだす。足元までは見えないが、圧巻のアーチ状の幕岩帯だ。もっと近づいて覗きたかったが、今捲いている9m直滝の落ち口へ向かって左方向へのトラバースに入った為、幕岩はここまで登って来た中間尾根の右へと遮られ、その全容は窺がい知れずに終わった。結局ここも大きく捲いて、最後はクライムダウンでCo700mの(1:1)の二又に降り立つ。ここの左又には4m、右又にはF3の6m+5mの2段大滝が懸っていた。もし鳥に成って俯瞰で来たなら、この一帯はF1上の二俣にF2と5mの壁状滝が懸り、F2上の二又に両門の4mとF3が懸るという、大局して“三俣状の滝場”と云える。捲きに手こずっていたが、丁度良い時間に成っていたので、F3の下で昼食休憩とした。(残念ながら以降の写真紛失…)

午後は一番大きいF3を攻める。この滝は傾斜的には直滝だが、概ね被りは無い。岩質は午前中に出逢った堅いツルツル感の有るスラブ質とは違い、荒い紙ヤスリの様にザラザラとした触感で、風貌はモコモコとした岩の饅頭が積み上がった様にも見え、以前長野のフォッサマグナで見た枕状溶岩の露頭の感じだ。饅頭状の岩の表面には、ホールド・スタンスに適した明瞭な凹凸が多く、然もそれらは剥離せず安定しているのでロープ無しで流れの右を直登してきた。
これを上がると倒木がやたら煩く、せっかくのナメを覆い尽くしている。このような場面を3-4ヶ所乗り越すと沢床に傾斜が出て、3m.2m.4mと滝とも段差とも区別が着かなくなり、仕舞にはゴーロを乗せた一枚岩の急ナメで立ち上がる。やがてナメはガレで埋まり、水も消えた。足元を崩さない様、ガレを観ながら喘ぎ喘ぎ登り続ける。一息つきながら先を見上げると、沢筋が鋭角に左へカーブしているのが分る‥‥、「あともう少しで林道だ!」。屈曲点へ来てみると右上にガードレールが見えた。終始スタンスが凍ってないか慎重に手足を運んだが、高度が上がっても氷柱を見るようなことも無く無事に林道へ上がる。

予定では2本隣の枝沢を下降するつもりだったが、時間のロスが祟ってそれは叶わず。「沢はじめ」でもあり明日もあるので、林道を西へと下山することにした。入渓点付近のT字路を通過したのは90分後だったが、3時間位歩いたような疲労感を覚えた。凍った水溜り・一面の霜柱・微かなながら残雪もあり……で、寒さより冷さが記憶に残る下山だった。
湯ヶ島の「瀬古の共同湯」へ寄り、修善寺まで降りてファミレスで夕食。再び湯ヶ島へ引き返し、道の駅「天城越え」でテント泊。明日は猫越岳北面の沢を攻める。
遡行図


山行最終日:2019年1月19日
メンバー:鎌田(L) 山崎
山域: 伊豆
山行形態: 沢登り
コースタイム:
P(9:18)-入渓(9:48/55)-Co700m三俣(12:15/50)-詰め上げ林道(13:20)-入渓点付近林道(15:00)-P(15:20)
地形図:湯ヶ島

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